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これはリベラルが絶対に言いたがらない事の1つです。
弱さ容認論、つまり「権利主張出来なくて当然だよね〜」という考えについてです。


最近では「最低賃金を1500円に上げろ」デモが行われました。
いまの最低賃金じゃ生活できないから賃上げしろという内容です。


これ自体は非常に良い取り組みなんですよ
てか日本はデモが少なすぎるからもっとやれと思っています。


ところがですよ
このデモの先、つまり個別の企業への賃上げ交渉をしようという話になると
途端に誰も動かなくなります。
デモ参加者個別に話を聞くと「会社に要求するのはちょっと・・・」となってしまいます。
つまりデモは出来ても賃上げ交渉は出来ないのです。


理由は簡単です
会社が怖いからです。



弱さに目を向けないリベラル

生活が苦しいから賃上げをしろ
いまや誰もが思ってる事の一つです。
そのために社会を変えなければという思いで
デモに参加する事自体はとても良い事です。


ところがやはりデモはデモ
企業への直接の賃上げ交渉と比べると
その要求の実現力は遥かに劣る事は言うまでもありません。
本気で賃上げを勝ち取りたいなら賃上げ交渉は必須と言えます。


ところがこの必須である賃上げ交渉に対して
「出来なくてもしょうがないよね」という空気がリベラルの中にも蔓延しています。
会社と交渉なんて出来ないのが普通だよね、こういう空気感です。
わたしはこれを「弱さ容認論」と呼んでいます。


デモや政治など「反撃してこない相手」には勇ましくても
会社に対しては途端に臆病になり黙り込んでしまうリベラル。
これでは要求の実現力など皆無と言っても良いでしょう。


わたしの主張にどんなに賛否が分かれようが
「賃上げ交渉しない」という事実は逆立ちしても否定出来ません。


戦えない労働者に対して「戦えなくても良いんだよ」という態度では
いつまでたっても労働者の権利は守られません。


戦えない弱い労働者に対して「うわダッサーw」というくらいの
気合いと根性が必要です。


ここで「最低賃金と個別の賃上げを混同するな!」と思った方もいるでしょう
どっちもやるのです。デモもする、交渉もする、これが世界標準です。

退職者ばかりの労働組合

次は労働組合です。
Twitterなんかでも◯◯労組とか◯◯ユニオンとか
労働組合がアカウントを作って色々情報発信をしているのを見たことありますよね。
わたしも個人加入できる労働組合に入って会社と戦っております。


ところがこの個人加入の労働組合(ユニオン)は
はっきりいってほとんどの人が「退職者」なんです。


つまりわたしのように働きながら労働組合に加入するのではなく
辞めた後に労働組合に加入して残業代請求をしているのです。
理由は簡単、在職しながら会社と戦うのが怖いからです。


これについてはどうこう言いません
わたしは全ての労働者が辞めるときに残業代を請求すべきだと思っています。


ところが労働組合の本来の目的って何ですか?
残業代請求の代行機関ではありませんよね。
労使交渉を通じて労働者の待遇の維持改善を訴えることが本来の目的ですよね。


一見盛り上がっていそうな◯◯ユニオンもほとんどが退職者
残業代の請求が終わったらさっさと組合を脱退していきます。


これではダメなんです。
労働組合はあくまで働きながら加入するのが本来の機能なんです。
辞めてから残業代請求をして、終わったら脱退して
そして次の職場でも残業代が出ませんでした、では意味がないのです。
働きながら労働組合に入る、そして戦う
そんな人が増えていけば一つの勢力になって政治にも影響を与える。
これが理想です。


ところが先ほどのデモ参加者の件のように
人権団体、反原発運動家、憲法9条のナントカ会
みんな「働きながら戦う」に賛同してくれません。
弱いんです、そしてそれでもいいと思ってるんです。


ここでもまた「弱いことは仕方ない」「戦えないのはしょうがない」という
弱さ容認論が場を支配しています。

弱さ容認論の限界

弱いことは悪くない、もちろんそれが正解です。
ただし限界があることも事実であると認識してほしいです。
要求を実現したいのであれば、それ相応の覚悟が必要なのです。
具体的には「敵から反撃される覚悟」です。


言い方は悪いですが
安全地帯から現行体制に不満を言っているだけでは
現状は何も変わりません。


非常に厄介なのが、リベラル陣営側も
「声を上げるだけで社会が変わる!」という主張が多いことです。
確かに間違っちゃいないんですが、声を上げる方法が問題なんですよ。


選挙に行く?ネットに書き込む?勉強会や集会に参加する?
全部不正解です。


答えは権利行使を行うことです。
労働法なり生活保護なり、今ある権利を存分に使って社会と戦うことです。
そしてそのための強さを身に付けることです。


弱くてもいいんだよ、確かに聞こえはいい言葉ですし
間違ってはいないです。
ただしその先にある「弱いままじゃ何もできない」という現実をどうするか
リベラルは真剣に向き合う必要があります。


これが弱さ容認論の限界なんですよ。

まとめ

すんません、今回は全体的にまとまりがなかったかもしれません。
わたしが伝えたいことは1つです。


「弱いままでは何もできない」


残念ながら事実です。
権利主張して勝つためには覚悟もそうですし
仲間を集めたり理論武装したりと自分を強くする必要があるのです。


ところが今のリベラルは労働者階級が戦えないことを
肯定してしまっているんですよね。

弱さを容認して、戦えないことを肯定して
そして結果として力の強い財界に負ける。


これではいけませんよ。
現場で戦うこと、権利主張をすることを放棄してしまっては
労働組合関係者も「戦わないから負けるんだよ」と言えないんですよ反発を恐れて


海外と比較して日本は〜という前に
海外の人は戦ったんですよ、ストライキで

☆関連記事→ひたすら政治活動に走る残念なリベラル


日本破滅はほぼ確定している中
ここで戦えないと本当に老後破産大国になってしまいます。

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